五里霧中 -hikariba-

情報モラル/ネット依存/ネット人権問題の予防対策、悩める方へ一筋の光を

教育相談とカウンセリング [0021]

「教育相談」とは以下のように定義されています。

教育相談(きょういくそうだん)とは、児童生徒の学校生活における学習相談、生活相談、進路・就職相談などを包括しての呼び名である。
(出典:wikipedia「教育相談」)

教育現場における問題発生時(トラブル時)の相談については「教育相談」という言葉が使われます。

「相談」は、困っている時、悩んでいる時に具体的な解決を目的にしており、行動が伴うものです。行動しなければ解決しませんから。従って、相談を受けた人は相談者と共に主体的に様々な解決策を一緒に考え、一緒に行動することもあります。あれしよう、これしようという提案や指示をすることもあります。

一方、カウンセリングは、以下のような定義隣っています。

カウンセリング(英: counseling)とは、依頼者の抱える問題・悩みなどに対し、専門的な知識や技術を用いて行われる相談援助のことである。カウンセリングを行う者をカウンセラー(counselor)、相談員などと呼び、カウンセリングを受ける者をクライエント(client)、カウンセリー(counselee)、相談者/来談者などと呼ぶ。
(出典:wikipedia「カウンセリング」)

カウンセラーが主体的に考え、一緒に行動するということは基本ありません。

傾聴を基本に心理学など専門的な知識や技法を用いて相談者の心のサポートをし、自己解決のための気づきの機会へと導くという表現で伝わるでしょうか。直接的な問題解決行動を共にするということはありません。

「相談」と「カウンセリング」の大きな違いがそこにあります。

スクールカウンセラーの配置が一般化したことから「カウンセリング」という言葉が一般的になり、「教育相談」との区別もなんとなくうやむやな状況のまま、悩み解決の専門家のような誤認識も広がり、「相談」と「カウンセリング」の混同が顕著に見られることも出てきています。

 いじめ問題が発生した時に、スクールカウンセラーにそのいじめ問題解決を求め、期待するのは本来の役割からは誤りです。最近は教育相談にも対応できるスキルを持つ方も増えているようですが、基本は問題を抱える人の心の支えとしての役割になります。心のケアは重要な役割でもあるので関わらないということではありませんが、役割が違うということです。

いじめ問題が発生した場合、教職員(教育現場)が一緒になって考え、問題解決に向けて共に行動するというのが原則の対応です。

ただここでも一つ問題があります。全ての教職員がいじめ問題対応の専門的教育を十分に受けているわけではないということです。要は場当たり的な対応になる場合もあるということです。

最近のいじめ問題発生時の学校や自治体(教育委員会)などの対応を見ても分かる通り、「何をどのように対応すれば良いか」を理解していないのです。

管理職や生徒指導担当教員であれば問題発生時の対応研修を受講していたり、都道府県教育委員会単位で対応マニュアルも作成はされているのですが、受講したりマニュアルがあることと身についているかどうかは話は別です。

受講やマニュアルがあれば対応できるようになっているのであれば、昨今のような対応不備の問題がニュースになることはありません。

教員であれば授業や部活動の顧問、事務作業も含めて様々な教職業務で多忙を極めるでしょうから問題が多い学校でもない限り、いじめや問題発生時の対応については後回しにしてしまうでしょう。

教育相談というものがどういうものか?スクールカウンセラーの役割は何か?学校の役割は何か?ということを整理しておくことが大切なのではないかと感じることもあります。

本題から脱線してしまいましたが、「教育相談」と「カウンセリング」ができる器だけは学校に整備されていきますが、それらをどのように生かすのか(使いこなすのか)という肝心なところが抜けているというのは、情報モラル・情報リテラシー教育の使う人がどのような意識で、どのような使い方をするのか(使いこなすのか)という肝心なところが抜けているのと同じ構図に見えて仕方がありません。

器は使い方次第です。

子供達の悩みや問題も複雑化している状況になっていますので、器を使いこなして子供の悩みや問題を解消し、自ら命を絶ってしまうようなことがないようにしていきたいものです。

(c) hikariba